Les Enfants du Paradis(preview)

 ロミオが目を醒ますと、いつものフライアの庭園だった。ジュリウスの呼ぶ声がしたと思ったが、彼の気配はない。夜なのか嵐なのかあたりは薄暗く、小鳥の囀りが聞こえる。小鳥の歌は聴いたことがあるけれど、本物の小鳥は見たことがない。だから、これはスピーカーから流れている合成音声なのだということもロミオは知っていた。
 何もかもいつもの光景のはずなのに何かがおかしい。見えるものすべてが、モノクロームの映画のように灰色の濃淡しかないのだ。何度瞬きしても瞼を擦っても同じだった。
 頭でも打ったのかと思い自分の手を見ると、ロミオ自身は両方の手も着ている服も何もかも、記憶している通りの色だ。
 夢には、色が無いという。
 それならば、これは夢なのだろうか。
 立ち上がって見回したロミオは、自分が何かのとなりで寝ていたことに気付く。平らな、石のテーブルのようなそれは。
 ロミオ自身の墓だった。

* * *

 まるで凪のような夢の中、ロミオはただぼんやりと庭園に佇んでいた。機械仕掛けのように無機質で無口な見回りの職員以外は誰も来ない。ジュリウスもラケルも、レアでさえも来なかった。
 庭園の天井は硝子張りになっていて、朝になれば日が上るし夜になれば星が煌めく。でも、色彩のない世界ではただ明るいか暗いかの違いしかないのだった。
美しい花々もみな同じに見えた。好きだった金色のリコリスを探してみたが、季節ではないのか見当たらないし、そもそも全部灰色にしか見えないのでロミオはすぐ飽きてしまった。金色のリコリスはジュリウスに似ていると思っていたのに。金色が見えないのは、つまらない。そう思った。
 ジュリウスに会いたかった。
 空腹も眠気も感じない。見回りの職員はロミオの存在に気づかないのか、すぐ傍まで来ても無表情のままだったし、触ろうとしてもすり抜けてしまう。
 ロミオは幽霊になってしまったのだろうかと思った。
 そうでなければ、ここは死後の世界だ。
 それから二日か三日が経ったような気がした頃、ロミオはふと外に出てみようと思った。

* * *

 フライアの中は静まり返っていた。職員は殆ど居らず、ロビーの大型モニタの電源も落とされていた。オペレーターのフランも居ない。彼女だけでなく、ブラッドの隊員も他の神機使いもロミオが知る顔は一つとしてなかった。
 まるで、フライアは放棄されてしまったかのようだ。
 何日か何時間か、時間感覚が麻痺したロミオには分からなかったが、しばらく経ったある時、フランがロビーに現れた。フランは立っていた職員と二言三言会話すると、端末に電源を入れ何かの作業を始めた。やはり彼女にもロミオは見えていない。近寄って、そっとその肩に触れようとするとすり抜けてしまった。ロミオの方が驚いて手を引っ込めたが、フランは作業に集中しているのか一向にモニタから顔を上げなかった。

「あら、もうこんな時間」

 フランは小さく呟くと、立ち上がった。

「今日はもう、お戻りですか?」
「ええ。次はまた三日後に」
「アナグラまでお送りしますよ」

 職員がフランと会話している。その名前が引っかかった。
 アナグラ。
 ぼんやりとしたロミオの中に、何かが下りて来たようだった。
 フェンリル極東支部。そこに、ブラッドのみんなも、極東の人たちも居るのだ。
 どうしてフライアが放棄されたのかは分からないけれど、きっと、そこに行けば。


(続)