High And Dry(preview)
小川シュンはその日、とても不機嫌だった。
ミッション中にひどい雨が降って来てずぶ濡れになったのもそうだし、報告書の内容について班長と教官と部隊長に延々と説明を求められたからである。同じ内容を何度も説明するのは、気が長いとは言えないシュンにとって非常に苦痛なことだった。
同僚のカレル・シュナイダーからのメールが届いた時も、シュンは不機嫌だった。
『ビールが手に入ったから俺の部屋来いよ。どうせメシも食ってねぇだろ?』
メールは友好的なようで一方的だった。シュンが断る可能性は考慮されていない。
無視してやろうかとも思ったが、明日会った時に確実に文句を言われるだろうし、なにより、実際に昼から何も食べていないので空腹だった。びしょ濡れになった服をハンガーに吊し、シャワーを浴びて適当な服に着替える。
メールに返事はしなかった。返事をしなくてもカレルは多分、シュンが行くと思っているし、この手のメールに返事をしないのはいつものことだからだ。
シュンの部屋もカレルの部屋も同じ新人区画にあるが、フロアは別だ。神機使いは出入りが激しく、空いている部屋が適当にあてがわれるため、同期でも部屋が近いとは限らない。
エレベーターを降りたところで自動販売機が目に留まり、何か飲み物でも買っていってやろうかと思ったシュンだったが、今日の日付を思い出して止める。
今日はカレルの金貸しの利払い日だった。
シュンはカレルに大分金を借りている。時々返してはいるものの、シュンには他にも借金があるのでつい後回しにしてしまう。タダ飯にありつけると思って来たものの、利息とメシ代でチャラなことに気付き内心ガッカリする。
カレルの部屋に鍵はかかっていなかった。
客が来る日はいつも開けているのだ。シュンが勝手に上がり込むと、奥の方から部屋主が現れた。
「よー……遅かったな」
「ん……ちょっとトラブってさ、報告に時間食っちまった」
適当な説明をしつつシュンは、部屋の奥から漂う匂いに気を取られた。彼の部屋には不似合いな、味噌煮込み鍋のような匂いが漂っている。食欲をそそるいい匂いだった。
「なんの匂いだ、コレ?」
聞いているのかいないのか、カレルは少し首を傾げ、
「お前今日そんなの着てたっけ?」
と、訝しむように言った。
そういう彼は、襟元の大きく開いた穴だらけのニット——シュンには興味がないが有名なブランドらしい——と女物と思われるパンクスタイルのボトムを履いていた。カレルとは朝も定時ミーティングで会っていたが、今日も変な服だなと思ったので覚えていた。
「あー、雨降ってきたんだよ。スッゲー大雨でさ! 指示書には無いヴァジュラはずっと追っかけてくるし、マジでサイアクだったぜ」
「そういえば、警報が出てたな。腕の一本でも喰われたかと思ってたぜ。……ま、無事でなによりだ」
そう言ってカレルは、細い目をさらに細めて皮肉げな笑みを浮かべた。
シュンは言葉に詰まる。
喰われたのはシュンではなかった。
同行した新兵が片足を喰われて病院送りになった。あの怪我ではおそらく除隊になるだろう。
「そんな顔すんなよ」
カレルが困ったような顔したので、シュンはやっと気づいた。彼はシュンのチームの派遣先に警報が出たのを知って、メールを寄越したのだ。安否が知りたかったのか、励まそうとしたのか定かではなかったが。
「別にィ、腹が減っただけだぜ」
シュンはソファに勢いよく腰掛け、
「なぁ、メシは?」と話を変えた。
するとカレルもふと笑い、
「どーせそう言うと思ってさ、適当に作っといたぜ。えーと、ミソシル? 前食いたいって言ってただろ」
座って待ってろよ、と言って鍋に火を入れに行った。
(続く)